【2009/11/26】J2という高い山
初期研修一年目は、右も左もわからない全くの手探り状態から始まった。まず、基本的用語がわからない、物品の名前も場所もわからない、カルテ上での指示の出し方もわからない。仕事を一つ進めるのにも時間がかかり、しかも不完全。Poor。
屋根瓦式教育体制の中、直接指導して頂くJ2(2年目研修医)の先生は多くの担当患者さんの病態・最新の検査結果を把握しており、手技も正確にこなしていく。現状の自分の姿からはあまりに遠く、大きな山のような存在。一年後にそこへ到達できるのかと不安を抱えながらも、目の前に次々と出てくる課題に必死で対応する日々。一つ出来るようになったかと思うと、新しく出来ない事が出現している。勉強したいという意欲はどんどん湧いて来るが、勉強と気力は消失していく。自己嫌悪は膨む。
幸い同期に恵まれ、お互い愚痴を言い、励まし合うことで復活できてきた。J2・上級医の先生方も、仕事内外で垣根が低く多くを支えて頂いている。また、コメディカルの方々との距離が近く、密やかに支えて頂き励まして頂いている。最初にこの病院に惹かれた要因である「全体の仲の良さ・雰囲気の良さ」を改めて実感する。
医局のおやつでエネルギーを補充して、また病棟へ駆けて戻り、PHSに明るい声で対応する日常が始まっていく。
半年が過ぎ、遠く高い山であったJ2の先生に少しずつ近づいて、せめて山の麓に到達出来たのか。麓から改めて見上げると、むしろ高さが身にせまり来る。頂は果てしなく高い。白衣のポケットにおやつを忍ばせ、山へと向かおう。
J1 川上 暢子
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
【2009/11/20】当院での初期研修・周産期医療での研修について
研修医生活が始まって半年が経ちます。ちょうど1年前、大学6年生の今頃は、研修病院をどこにするか非常に迷っていました。いくつかの病院を見学し、研修医として力をつけるには茅ヶ崎が一番だと思いましたが、体力的についていけるかとの不安もあり、比較的ゆとりがある他病院との選択に悩んでいたのを覚えています。特に女性の皆さんは魅力を感じる病院と、その病院で果たして自分の体力が統くのかという不安から、研修病院を迷っている方も多いと思います。私が当院を選んだ決め手は、学びたい・技術を身につけたいという医学的好奇心と、あとは勢いだったように思います。
実際、研修医生活を送る中で、この病院にしてよかったとお世辞抜きで思っています。最初の2カ月は、全科の中で最も体力的にきついといわれる外科でしたが、その2ヶ月をこなせたことで自信がついたように思います。学生時代は“当直=つらい”というイメージでしたが、現在は週に数回あるER当直も、熱心に教えてくださる先生方のおかげで、むしろ学べる場として楽しんでいます。 学生時代、徳洲会は研修医が手技を積極的に実践できる病院という印象をもっていましたが、実際に働いてみてそのとおりでした。ER当直中には肩脱臼の整復をやらせてもらったことがあります。たまたま休暇で山登りに行った際、友人が肩脱臼してしまい、それを整復ができたときは、短い研修生活でも、少しずつ身についているものがあると実感して嬉しく思いました。
現在は産婦入科をローテート中です。茅ヶ崎で初期研修を終え、産婦人科の後期研修1年目として当院に残った先生に熱心な指導をしていただいています。産婦人科では、やはり患者さんからの女性医師に対する独特の信頼感を感じる機会が多くあります。また、助産師さんの頼もしさには驚かされています。
産婦入科医療の危機が叫ばれる昨今ですが、女性産婦人科医は増えていると聞いています。そうした女性産婦人科医を増やし続ける、または辞めないようにするためには、産科医療をとりまく環境整備が必要に思われます。産婦人科医が減っている原因の一つとして医療訴訟の多さがあげられますが、出産自体が元来リスクのある行為であるという認知が、マスコミを含めてもう少し必要ではないかと感じます。また、もう一つの原因として、“産婦人科=激務”とのイメージがあると思います。たしかに時間を選ばない出産を扱う以上は、常に呼び出される可能性があり、激務にならざるを得ません。しかし、正常分娩に関しては、助産師さんがそのほとんどを行っています。産婦人科医師の負担軽減のためには、助産師さんを増やすような策、助産師さんに許可されるべき手技の追加なども案じられるべきではないかと感じます。
現在、まだ何科に進むかは決めていませんが、逆にそうすることでローテートする科は全て楽しめているように思います。飛行機の中で呼ばれても、自信をもって手を上げられるような医師を目指して、2年間の研修医生活を送りたいと考えています。
ドクターズネットワーク 39号(11月号)
「周産期医療 崩壊は食い止められるのか」P27より
J1 関 藍
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
【2009/10/17】研修が始まって半年を振り返って
内科スタートの半年間の研修を振り返ると仕事を覚えること、周りの時間の流れの速さについていくのに精いっぱいの日々が続いた。
1つ1つの病気について深く勉強する時間はなかなかとれないが、同じような主訴をもつ患者さんを診察していく間に「何を聞くべきか?」「どのようなことに注意して診察すべきか?」ということが少しずつではあるが、体に染みついてきたように思う。
学生時代にこの茅ヶ崎徳洲会総合病院に決めるきっかけになったER研修では期待したとおり、数多くの症例を経験できている半面、自分の勉強不足を常に感じながら「次こそは」との思いで診療に臨む日々が現在も続いている。2年次の先輩、スタッフの先生方が丁寧に指導して下さり、環境の中で仕事仕事が出来ている事は大変恵まれているように思う。
半年が過ぎ、残り半年の中で、自分が今の2年目の先輩方のような知識、経験を身に付けられるかどうか不安に思う気持ちもあるが、半年後はER当直のリーダー業務や後輩の指導など責任を伴う仕事が増えていくため、より一層努力していきたいと思う。
J1 兩坂 誠
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
コ・メディカルの重要さ
本当に気が付けば、あっという間の半年であった。最初の1、2ヶ月は、とにかく仕事、特に電子カルテの使い方など馴れない部分が非常に多かった。半年が過ぎようとしている今、ようやく馴れてきた感がある。
半年が過ぎ、本当に大切だと改めて感じる事が二つある。一つは、コ・メディカルの重要さを強く感じている所である。1人の患者さんに対し様々な業種の人々が各方向からアプローチしていく事により患者さんを治療して行く過程を感じる事が出来た。非常に教育的な方々が多く自身の視野の狭さを痛感するとともに、勉強すべき点を多く見つける事が出来た。またコ・メディカルスタッフのみならず、その他に様々な業種の方々が関わる事で治療、ないし病院というものが成り立っている事を強く感じられた。これは、この病院だから感じる事が出来たのだと考える。
もう一つ、この病院は本当に忙しい病院であり、気が付けばあっという間に時が過ぎていく。日々課題を持って、成し遂げて研進していく必要があり、医師という職業でこの病院に務めさせていただいているが、あくまで“研修”医であり、常に研進の心を忘れず残りの研修期間を遂行していこうと考えている。
J1 中逵 誉
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
See one, do one, teach one
この半年間は本当にアッという間にすぎてしまった時間でした。病院内の物品の場所、Ns(ナース)の顔と名前、電カルの使い方、そして日々の診察…。どれをとっても充分できるようになりましたと言えるものは何一つなく、日々努力して今日より明日、進歩しているようにすることを続けるだけです。そして月日が過ぎたとき目標としている自分に近づけるような研修の土壌のある病院を選択し、入職したつもりです。
茅ヶ崎はそんな期待を裏切らない病院であったと半年が過ぎて実感しています。忙しいことも誤りを正されることも苦にはなりません。苦にするなら初めからこの病院を選びません。
医師人生のスタートをこの病院からと決めたことは今のところ間違っていなかったと感じています。本当によかったと思えるまであと一年半。今日より明日、「日々進化する」の一念で生活できればと考えています。
See one, do one, teach one. 医師を育てるのに本当に必要な考え方であり実践することは難しく、teach one, のひとになれるように頑張ります。
J1 永岡 晋一
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
茅ヶ崎での半年
元々、雰囲気が良いということで研修先として茅ヶ崎徳洲会病院を選ばせて頂いたわけですが、実際働いてみて思うことは、間違いではなかったということです。良いところも、悪いところもあると思います。良いところは雰囲気が良く働きやすいこと、多くの経験をさせてもらえることなど挙げるときりがありません。悪いところは…割愛しますが、働きやすく且つ経験も知識も得られるところは、全国の有名病院の中でも良い線いっているではないでしょうか。とにかく自分のしている研修が充実していて自信がもてるというのは、自分の選択が間違いではなかったということです。このまま2年間を駆け抜けるのは、長い道のりのようで、この半年を振り返ればあっという間に終わってしまいそうですが、自省を繰り返しながら常に努力できたらと思います。ただそれだけです。
研修以外の生活についても書きたいところですが、大した話題がないため無理です。
今後は病院の外の生活も見直して茅ヶ崎・横浜・東京などオシャレな街を満喫したいですね。
J1 加藤 大貴
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
【2009/6/9】患者さんからの勲章
当院では患者さんからの贈り物はミカンひとつ受け取らないことを理念にしていますが、これは良いでしょう。
2年目の研修医、八百(やお)先生が患者さんから勲章をもらったようです。
右手に勉強本、左手にカップラーメン、首に患者さんからの勲章、と何ともたくましい姿だったので撮らせてもらいました。いい顔してますね。
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
3年目の危機一髪 勝俣範之(国立がんセンター中央病院・腫瘍内科医長)
(1)研修医時代を私は徳洲会病院で過ごした。元来なまけものであった私は,「どうせ研修をするのなら日本でいちばんハードなところでやろう」と思い,徳洲会病院の門を叩いた。と,いうと聞こえがよいのであるが,5年生の春休みに学生実習をした際に,「頭はいらない,体力と根性があればよい」ということを真に受けて,体力と根性だけは自信があった私は,周囲の反対(ほとんどの友人たちはその当時大学の医局に入局していた)を振り切って,徳洲会で研修を受けることにした。
茅ヶ崎徳洲会病院での研修医3年目の出来事である。研修医時代のいちばん危険な時期が,卒後2-3年目と言われている。研修医を2-3年もすると,たいていのプライマリケアがこなせるようになるし,救急車が来ても,あわてずトリアージ対応ができるようになる。言うなれば何でもできるような錯覚に陥るわけであるが,そのような時に,とんだしっぺ返しをくらうことが多いものである。
研修当時,茅ヶ崎徳洲会病院では当直の研修医が夕診といって,夕方5時から8時までの内科外来を担当していた。夕診は仕事帰りのサラリーマンが多く,風邪やじんましん,頭痛などがほとんどである。時には1日に20-30人近くの風邪の処方をすることもあった。風邪の診断と処方に辟易していたその頃の私は,何とか早く夕診を片づけてやろうとばかり思っていた。
そんな中で,40歳台の女性が,頭痛を主訴に来院した。型通りのhistory takingをやり,普段からストレスもたまっていて,肩こりもあり,最近になり時々頭痛がすると言う。おきまりの筋緊張性頭痛かと思い,アセトアミノフェンの処方箋を準備し始めた。型通りのphysical examinationをやって早く診療を終わらせようと思っていたが,神経学的所見をやっていたところ,右眼球が内転しないのに気づいた。他の神経学的所見は何も異常がないのだが,右眼球がどうしても内転しないのである。Historyをどう聞いても筋緊張性頭痛であるので,内心たまたま何かの拍子で目が動かないのであろうと思い,頭痛薬を処方して早く帰そう,と思う反面,目が動かないのがどうも気持ちが悪い。
悩んでいるとどんどん患者がたまってくるので,どうしようかと思っているうち,ついに神経内科のスタッフ医師に電話をしようと思い立った。たまたま電話がつながり,「これこれの患者がいて,目の動きが悪いのですが,筋緊張性頭痛と思うので帰してもいいですか?」と30秒プレゼンをすると,「目が内転しないのはおかしい」とすぐに来てくださって,動眼神経麻痺と診断,すぐに緊急脳CTを撮ることになった。CT所見は,見事なくも膜下出血(SAH)であり,即入院。3日後には手術を受け,大事にいたることはなかった。
歩いて来院するようなSAHの患者を初めて経験した。「教科書どおりの患者は一人もいない」との言葉のごとく,まさに,「患者から学ぶ」とはこのことであるとしみじみと思ったものである。
(2)研修医時代に指導してくださったすべての指導医と患者さんたち,それと現在の妻と出会えたことですね。今でも研修医時代の患者サマリーは一人ひとりすべて保管してあります。
(3)研修医1年目の時は教科書を読むことすら禁じられました。「教科書読むひまがあったら,患者を診ろ!」と言われたものです。「患者から学ぶ」ということは,研修医というより,臨床医の原点というべきものですかね。
医学書院/医学界新聞【〔新春企画寄稿〕♪In My Resident Life♪ 指導医10人が語る“アンチ武勇伝”(生坂政臣,中島伸,西野洋,林寛之,井村洋,田中まゆみ,勝俣範之,大生定義,郡義明,武田裕子)】(第2715号 2007年1月15日)
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2007dir/n2715dir/n2715_01.htm
最終更新日: 2009年11月26日 13:22
